北極に行く

世界最北の街・ロングイェールビーンに行った。この街はノルウェースヴァールバル諸島にあって、北極圏の中にある。

北極点の周辺の大半は海で、南極と違って大陸がない。なので、北極の定義は色々あるけれど、北極圏の中でも最北の街なので北極と言える。

きっかけは、いつだって意外なほど単純だ。いつものように、仕事終わりに Google フライトを見ていた。僕には、疲れ果てたとき Google フライトを開いて地図を見ながら次の旅を夢想する癖がある。

ヨーロッパ行きのお得な飛行機でもないかと探していたとき、マップの上の端、はるか上の端に空港のマークを見つけた。

Googleフライトで思い切りズームアウトするとロングイェールビーンは現れる

それが名前も知らなかったその街を見つけたきっかけだった。その街はちょっと特殊な条約によって滞在するのにビザがいらないらしい。労働ビザもいらない。

引退後の理想の住処を探すのをテーマの一つに旅行をしている僕にとって、なかなか良いかもしれない。その後、たまたま仲間が見つかったこともあり、最北の街に飛ぶことになった。

世界最北の街・ロングイェールビーン

ノルウェーオスロから、トロムソという北極圏の小さな街を経由して、ロングイェールビーンまで飛行機で飛んだ。

東京からデンマークコペンハーゲンに飛び、そこからデンマークノルウェーを楽しんだりしたんだけど、その話はまた別の機会にする。

空港に着いた瞬間から普段とはまったく違う景色が広がっていた。空港の滑走路のそばに、壁のような山が立っていて、露出した岩肌がとてもダイナミックだった。

空港からはバスに乗り、バスは中心街を経由して、ホテルまで連れて行ってくれる。

北極シティライフ

実際に来るまでは、寂れた村を想像していた。想像の中では、薄暗い色の家が立ち並び、娯楽と呼べるものはほとんどないようた陰気な村だった。

実際に来てみると、綺麗で豊かなスキーリゾートの街といった感じの雰囲気で驚いた。北欧スタイルの明るい色の建物が立ち並んでいて、道なども割ときちんと整備されている。日本で同じ街があるとすると、かなり良い冬のリゾートだと思う。たった人口500万人程度の国の、本土から遠く離れた北の島にある街だとはとても思えない。

まず、大きくてモダンなスーパーマーケットがある。日常生活にはまったく困らないほどの品揃えがある。日本でもこれだけ大きくて充実したスーパーがある街は少ないと思う。少なくとも僕の東京の自宅周辺のどのスーパーよりも広い。

食料品だけでなく、日用品や電化製品も手に入るし、何なら iPhone も売っている。

この街最大にして、世界最北のスーパーマーケット

酒屋の品揃えも素晴らしい。ここは北極の天国だと思う。消費税も酒税もかからないから、日本での価格と比べてもお手頃な感じもする。

レストランもカフェもバーもあるし、日本食レストランもある。 カフェでパンとコーヒーを買って散歩したり、レストランでタラのグリルと鯨のスライスハムをローカルビールとともに食べた。

世界最北の街では、何をやっても世界最北の体験になるってことが楽しい。世界最北のスーパーマーケットで買い物をして、世界最北の寿司を食べた日もあった。素晴らしい1日だ。

物価

物価はノルウェー本土と比べるとほぼ同じくらいだった。オスロコペンハーゲンを経由したが、それよりも若干お手頃に感じるほどだった。

北の辺鄙な土地にあって、輸送費も高いはずだけど、消費税などが無税なのでその分お得になっている。

スーパーだと、コーラペットボトルが 20 NOK(約260円)、ビール缶が 15 NOK (約200円)、良いビールが 50 NOK (約660円)

レストランだと、ビールが 70 NOK (約930円)、ハンバーガープレートが 220 NOK (約2900円)

レストランの食事はどこも美味しかったし、場所を考えると値段に対しての満足度はかなり高かった。

北極リモートワーク

ではインターネットはどうなの?と思うかもしれない。まったく心配はいらない。空港に着いた瞬間から5G電波が繋がっていたし、基本どこでも Wi-Fi がある。

すごく速いわけではないけど、リモートで仕事するのには支障がないくらいの速度はでていた。

数日間リモートで仕事をしたけど、特に問題はなかった。カフェにだってフリーWi-Fiがあるから、気分転換に出かけることもできる。ホテルのラウンジが快適で、無料のコーヒーも飲み放題だったので、そこで作業をすることが多かった。

北極キャッシュレスライフ

あとはクレジットカードがどうなのかだけど、街のあらゆる場所でカードが使える。むしろ逆で現金がほぼ使えない。島自体に銀行やATMが1つもない。現金を下ろすことすらできない。

ある意味、究極のキャッシュレス社会だった。現金を使うことが許されない社会。おかげで1ノルウェー・クローネも現金を使わずにすべてMASTERカードのコンタクトレスで決済できた。

とにかく壮大な自然

街の中心から少し移動するだけでとにかく壮大な自然が広がっている。

中心街から徒歩で20分(公共交通機関は事実上なし)という辺鄙な場所に宿をとったおかげで、壮大な風景を存分に楽しむことができた。

空間がとにかく広い。木も畑もなにもない。山の上には雪がかかっている。目に見える動物も、人間とたまに歩いている白トナカイくらいだ。どことなく別の惑星にいるような気分になる。

行ったのは6月下旬だったが、意外にも寒くなかった。風が吹いて身体が冷えるタイミングはあるけど、基本的に日の光が当たって暖かく、薄手のジャケットがあれば十分だった。

日本でバックパックにコートを押し込んできたけど、今回は必要なかった。仮に必要でも街のアウトドアショップでいくらでも買えるので、それでよかったかもしれない。

宿の名は Coal Miners' Cabin と言う。炭鉱夫の小屋だ。元々近くに炭鉱があり、そこの炭鉱労働者が寝泊まりするために建てられたバラックだったらしい。たしかに、山の斜面を見てると炭鉱跡らしきものがある。

名前の割には小綺麗だし、ロビーは居心地がよく快適で、シャワーの水圧も思わず声が出るほどグッドでポイントが高い。

宿は街の山側の端にあり、その先には文字通り何もない。緩やかに雪山へと続いている。

白夜の暴力

一日中とにかく乾燥していて、とにかく明るい。夏の北極は白夜だ。日が沈まない。

iPhone の天気アプリを見ると、日没は「7日後以降」と表示されていた。初めて見る表示でびっくりする。明日は明日の日が昇るという常識はここでは通用しない。

初日、日が沈まないとはいえ、傾いて暗くなるタイミングはあるんじゃないか?と思っていた。実際、夜22時頃になると、太陽が傾いて山に隠れていったタイミングがあった。もしかしたら、暗くなるタイミングでオーロラが見れるんじゃないか。

深夜1時に念のため起きて外を見ると、これ以上ないくらいの快晴だった……。理想の小学校の運動会みたいな天気。

北極 深夜1時

白夜というのは一種の拷問だと思う。過ごすうちに、だんだんと気がおかしくなってくる。遮光カーテンなしには眠れない。途中で深夜に起きると、真昼間のように明るい。時間感覚がバグってくる。

北極の動物は、夜になったら眠るなどといった日に連動したリズムはなく、一日中行動し続けて眠くなったら時間に関係なく眠るらしい。そう言われてみれば、外にいる白トナカイはどういう一日を送ってるのだろう…と思った。

自転車に乗る

街、というか人間が住んでいるエリアはそう広くはないけど、歩くには遠いくらいの広さがある。

観光センターで自転車に借りて街の端を見に行くことにした。東南アジアだったら5秒でバイクタクシーを呼ぶところだけど、北極にはそんなものはないし、あったとしても物価によってべらぼうに高い。

チャリで行く僕

氷河に削られる以外に何も歴史がなかったような原野が広がっている。最果て感がすごい。

スヴァールバル世界種子貯蔵庫があった。人類に危機が起こって農作物が失われた場合に備えて、種子が保存されている。ソフトウェアエンジニアにはお馴染みの、GitHub のコードが保存されている Arctic World Archive もこの近くにある。たしかに、こんなとこまで誰も破壊しにこんわな、という感じはする。とにかく遠い。

Svalbard Global Seed Vault

さらに街の果てまで進む。とてつもなく広大な三次元空間を滑るように移動する。

さらにチャリで空間を進む僕

街の端まで来た。シロクマ注意の標識が立っている。ここから先はシロクマがいるエリアになる。ここから先では、知事によってライフルの携帯が推奨されている。普通の装備で行ってはいけない。ここは人口よりもシロクマの数が多い土地なのだ。ここから先はシロクマが支配している世界だ。

ここから先にはシロクマがいる

なにもないはずの街

なにもないと身構えて行ったけど、意外にもやることがある街だった。綺麗な街だったし、少なくとも夏のシーズンは居心地も良い土地だった。

夜がずっと明るいのは少しつらかった。白夜が苦しませてくれたおかげで、今は日本で毎日夜が来ることに感謝すら感じている。

ロングイェールビーンのことを思い出すと、最果ての景色と北欧の暖かい雰囲気の街、その2つが特に印象に残っている。すごく遠かったけど、一度行けてよかった。

最果て感を味わうには素晴らしい場所だと思う。来るなら次は雪とオーロラのある季節に来たい。

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