エジプトに初詣に行く

1月1日、成田空港にいた。元旦の東京の街は不思議なほど静かだった。渋谷駅から成田エクスプレスに乗って空港に向かう。車両には外国人観光客しかいなかった。

東京から中東アブダビへ飛んで、アブダビから目的地エジプトに飛ぶ。

正月からエジプトの神殿を見に行く。それが今回の旅の目的だった。このために、実家への帰省を早めに済ませた。正月は一緒に過ごせない、と言うと祖母は食事中一言も話してくれなかった。僕のために用意してくれたお寿司を無言で口に運んだ。

1月1日のフライトを選んだのにはいくつか理由はある。1月がエジプト観光のベストシーズンなこと、年末年始シーズンの中では航空券が比較的安いこと*1、日本の正月の気だるい雰囲気が少し苦手なこと、などが理由だったけど、結局はエジプトに行きたい気持ちが抑えられなくてどうしようもなかった。

ゲート前で搭乗を待っていたとき、スマホから緊急地震速報の音が鳴った。周りの外国人達は誰も気にしていなかった。何かが起こったことさえも気づいていないようだった。

定刻通りアブダビに向けて飛行機は飛ぶ。

アスワン

カイロの空港でビザ代25ドルを払って意外にもあっけなく入国したあと、そのままエジプト国内線でアスワンに向かう。カイロがナイル川下流だとすると、アスワンは上流にある。

目指すアブシンベル神殿はさらにその南のスーダンの国境近くにある。

アスワンが神殿を見に行くための拠点の街になる。空港から市内にタクシーに向かう。青い空、乾燥した砂の上に送電線が並ぶ。

ホテルで少し昼寝したあと、周りの道をブラブラする。気候が良い。現地人がただ時間を過ごしているテラスで、自分もコーヒーを飲むことにする。暇そうなおじさん達が水タバコを吹かしている。

1杯のコーヒーの勘定がエジプトの物価とコーヒーのクオリティから考えると妙に高かったがこの時点ではあまり気にしなかった。

エジプトでの消耗

エジプトの暇なおじさんごっこをするのも飽きてきたので、近場の神殿、イシス神殿を見物しに行くことにする。

ホテルにタクシーを頼もうとすると25ドルと言われ、近場ではあり得ない高い価格だった。*2ネットで頼むと20ドルのツアーを100ドルだと言ってきたりもしたし、このホテルはなんかおかしい。

仕方なくホテルの外の道端に出ると、頭にターバンを巻いたおっさんが出現した。交渉して15ドルで連れて行ってもらう。おっさんの名前はハマダというらしい。日本では有名な名前なんだろ?と話してくる。ハマダさん自体は車を持っていなく、別のタクシー運転手を呼び寄せて乗せてくれた。なぜかハマダさんも助手席に乗って同行する。ハマダさんの役割が謎。

帰りにも約束通りハマダさんに乗せてもらったのだが、約束の15ドルとさらにチップを渡したのに、これだけか?とさらにせがんできた。消耗って漢字二文字が頭の中に浮かぶ。

右が頭にターバンを巻いたハマダさん

ここで話しておかなきゃいけないと思うのだけど、エジプトは良い言い方をすれば、人がとてつもなくフレンドリーだ。悪い言い方をすればウザい。特に、観光地にいる一部の人間が総じてとにかくウザい。

道を歩いていると怪しい野良ガイドがどれだけ無視しても話しかけてくるし、タクシーなどの価格交渉では法外な値段をふっかけてくる。

旅人の中では世界三大ウザい国の一つとして有名らしい。インド、エジプト、モロッコが三大ウザい国らしい。たしかに、インドでもすごく消耗した。

頼まれてもないのに人の国に勝手にお邪魔しているわけだから、多少価格が高かったり外国人向けの値段を言われても普段は文句を言わないようにしている。けど、エジプトのウザさは異次元だ。

メニューに値段が明記されているカフェでも勘定をごまかされる。コンビニ的な個人商店でも水のペットボトルを買うだけでも高い値段を言われる。タクシー運転手はお釣りをすぐにごまかす。

アスワンの街から空港に向かうときに、道端でタクシーを捕まえたときも消耗した。交渉して10ドルだって話だったのに、しばらく進んで市内から出たところで、行き先がスモールエアポートじゃなくて、ビッグエアポートだから20ドルだと言い始める。10ドルって言ったじゃんと何度も言うと、俺はグッドフレンドだから20ドル払えと言う。結局、20ドル払った。消耗が蓄積する。

エジプトにいる間、移動するたびに心が消耗することになったが、これ以上はあまり話さない。心のノイズキャンセリングをONにして、旅を感じることに集中する。

イシス神殿に船で行く

イシス神殿は島の上にある。車で行けるのは船着場までで、渡し船に乗って移動する。この渡し船が固定の運賃ではなくて、船の民と価格交渉して船に乗る仕組みになっている。世界遺産で、国が管理している門の中にあるのに世界観が非常に自由。

渡し船というかモーター付きボートで神殿のある島に滑るように近づく。勇気を振り絞って話しかけて、中国人の学生グループの船に相乗りさせてもらった。知らない人に話しかけて、1年分のコミュニケーションエネルギーを使い果たした気分になった。

中国の学生は「もっと色んな国に行きたいが、中国パスポートでビザなしで行ける国は少なくて困っている」という話をしていた。日本のパスポートでは何カ国行けるんだ? 日本のビザはどうやったら手に入るんだ? そんな話をしていた。

イシス神殿を見物して1時間ほどを過ごす。繊細な線の壁画がたくさんあった。島が川に浮かんでいて、神殿から青い空と青い川を見れるのが良い。

オールドスークを歩く

ホテルで猫に癒されたあと、オールドスーク(市場)を歩きに行った。観光地的な場所ではあるけど、ローカル感もちゃんとあって歩くのが楽しかった。

スパイスや果物が並んでいるのを見ているだけで心が踊る。アバヤを着た女性たちが買い物を楽しんでいる。ファラフェルを食べたりする。

市場ですれ違う子供たちは無邪気な笑顔でハロー!と挨拶をくれる。猫と子供はかわいい。

初詣に向かう

深夜3時に起床。夜明け前ですらない完全な闇の夜にホテルからバンに乗り込んだ。片道4時間ほどかけてアブシンベル神殿に向かう。*3

車の中から外の景色を見ると、砂漠が広がり送電線が並んでいる。砂漠といっても、限りなく退屈なタイプな砂漠だった。

工事予定地の空き地がただ広がっているようで、ずっと見ていたくなるような景色ではなかった。ナミビアで見た砂漠はずっと見ていたくなるような砂漠だった。頭を空にしてずっと見ていたくなる砂漠もあれば、何も感想が湧かない砂漠もある。

uiuret.hatenablog.com

バンは道の穴ぼこで揺れる。目が覚めては、眠気の中ぼんやり退屈な風景を見る。子供の頃、近所の神社に初詣に連れてってもらったときも深夜で、眠気で意識がおぼろげな中移動していたことを思い出す。

休憩エリアから見た夜明けは綺麗だった。金色の巨大な輪っかに地平線が包まれるようで、一日の希望を感じる。

アブシンベル神殿

ついに、来た。アブシンベル神殿に着いた。丘の坂道を下ったあと、すぐにあの石像が見えた。

第一印象は、意外と小さいな、という印象。空や土地の広さから見ると小さく見えてしまう。それでも石像の存在感は十分にある。左から二番目石像の頭が滑って地面にあるのがダイナミックで面白い。

外側よりも中に入ってからのほうが印象に残っている。中に入ると、暗い部屋の中に石像が立ち並んでいて、壁が壁画で埋め尽くされている。ほんとにこんな場所に入って大丈夫なのかな、とこわくなるくらい石像に不気味な存在感がある。

壁画の線が細く滑らかで流れるようで、ずっと見ていられる。絵や文字に親近感さえある。3000年前に描かれた絵だと思うと不思議な気持ちになる。

どこでお祈りすればいいのか、そもそもそういう趣旨を受け入れている神殿なのかもわからないけど、初詣なので、自分、祖母、大切な人々の魂の不滅をどことなく祈っておいた。あとは太陽神ラーがなんとかしてくれるはず。ちなみに太陽神ラーは頭の上に丸い太陽を乗せていて可愛い。神殿の外壁にも埋め込まれている。

遺跡自体も当然すごいのだけど、遺跡が沿っている湖が海かと思うくらい青くてスケールが大きい。自分が海に浮かんだ島にいるように思えてくる。巨大なダムを作ったことによってできた人工的なダム湖らしい。ラムセス2世よりも現代の人間の方に恐ろしいパワーを感じる。

ダムの建設で神殿は沈没するところだったが、人類パワーによって神殿ごと引き上げられた、という話もある。また、巨大な湖ができたことで、周辺の気候も変化したらしい。

ナイル川と夕暮れを見る

神殿から片道4時間かけてホテルに戻ったあとはゆっくりしていた。ホテルがナイル川沿いにあったので、夕方にホテルのカフェで夕暮れを見つつ水タバコでも吹くことにした。

赤紫のグラデーションが空にかかってだんだんと暗くなっていく。ぼんやり川を見ながら水タバコを吸っていると、何も考える気がなくなってくる。

日が暮れていくと、急激に冷えてくる。砂漠の夜は冷える。隣のテーブルの男女が寒さで自然と身体を寄せ合っていた。

カイロの街を歩く

翌日、飛行機でカイロに移動する。

宿に荷物を置いた後、エジプトの名物料理コシャリを食べる。悪くはない味だけど、見た目通りの味でパンチはあまりない。

コシャリ屋で、現地の若者と相席になった。アラビア語はわからないと言うと、Google 翻訳で話しかけてくれる。若者は留学生で、パレスチナ出身らしい。パレスチナに遊びにおいでよ!と言ってくれる。

エジプトの料理に関しては、事前情報から期待レベル0で来てまったく期待してなかったけど意外にもそれなりの味のものが食べれた。中東料理のレストランは色々と揃っているし、迷ったらケバブを食べておけばいいんだと思う。

コシャリ

フラフラ歩きつつ喉が渇いたときには、ジュースバーでオレンジジュースを買った。店にフルーツがたくさん吊ってあるのでわかりやすい。店の兄ちゃんがちょっとイカついときもあるけど、注文するとちゃんと美味しいフレッシュジュースを入れてくれる。

観光地でもなんでもない通りを Google マップと勘に従って歩いていると、衣類がたくさんある原宿のようなエリアに入ったり、電化製品がたくさんある秋葉原のようなエリアに入ったりして、とてもワクワクした。ランダムに歩き回るとこういう発見がたまにあるから楽しい。

観光地化されているスークを一応見に行ったあと、宿に戻る通りを歩いていた。テラスバーを途中で見つけて迷い込むように席に座る。

マンゴージュースを飲みつつ、水タバコを吸う。

お腹が空いてたので、チキンとピタパンも食べる。食べていると猫が足元に寄ってくる。骨付きチキンが美味しいので、猫にも少し分けてあげた。ウミャウミャと言うような雰囲気で猫も美味しそうに食べていた。

一人でマンゴージュースを吸っていると、隣のテーブルの3人組が話しかけてくる。こういうときちょっと警戒してしまうけど、シンプルに愉快で良いフレンドリーな若者だった。

シーシャのレモンミントの煙が心地よく鼻を抜ける良い夜だった。

ピラミッドを見る

Uber アプリでタクシーを呼んでギザのピラミッドを見に行く。カイロの街からそう遠く離れていなくて、タクシーで行ける。

初めてのピラミッドを車の窓から見たときは「なんかそこにあるな」という感想だった。街からの距離が近くて、ただそこにあるなという感じで存在感がゆったりしている。

ピラミッドを実際に目の前で見てみると、イメージと少しだけ違って不思議な気分になった。目の前に立つと壁のように感じられたり、人工物なんだけど自然の山のようにも感じられたりもする。意外と岩が揃っていなくてギザギザしている。遠くから見ると幾何学的な形をしているけど、解像度を上げて思い切りズームして近くで見ると線がまっすぐじゃなくて曲がっている印象がある。

機関銃のように話しかけてくるエジプト人の客引きを心でミュートしながら、ピラミッドを眺めてそんなことを考えていた。

ピラミッドの周りを歩いたあと、ラクダに乗った。ラクダが動くとラクダの重量感が伝わってくる。せっかくだから乗っておくくらいの気持ちだったけど、意外にも楽しかった。

スフィンクスは思ったよりも小さかった。視線の先にはピザハットがあって、見つめているように見える。ちょっと弱そうで、ピラミッドを守れるのかは心配になる。

夢の終わり

ピラミッドのある公園を去った後、満足感があった。

今思えば、16才の頃からずっと夢だった。ピラミッドやアブシンベル神殿を見ることは、気の遠くなるくらい退屈な地理や世界史の授業中に、教科書の中に見つけた夢だった。当時は学校と家以外どこにも行けなかった。いつかずっと見たかったものがやっと見れた。

これで16才の頃見たかったものは大体見ることができた。まだまだ見たいものはあるけど、ゆっくり良い旅をして、地球をじっくり味わい尽くそう。そう思った。

*1:成田 - カイロ アブダビ経由 エティハド航空で 往復約15万円

*2:地方都市のアスワンでは Uber タクシーが使えない。他のタクシーアプリだと使えるという話を聞いたが、携帯電話番号がなくて登録できなかった。

*3:朝4時に出発して、昼14時前に戻ってくるツアー。GetYourGuide というサイトで予約した。